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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)78号 判決

川崎市小杉町三丁目一番地

原告

大野産業株式会社

右代表者代表取締役

大野貫一

右訴訟代理人弁護士

秋山昌平

宮崎佐一郎

川崎市溝ノ口四〇六番地

被告

川崎北税務署長

畑尚夫

右指定代理人

山田二郎

須藤哲郎

掛札清一郎

鈴木茂

右当事者間の昭和四三年(行ウ)第七八号法人税更正処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は「被告が原告の昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度分の法人税につき昭和四一年一〇月三一日付をもつてした更正処分および過少申告加算税賦課決定処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二原告主張の請求の原因

一  原告は、昭和四一年五月二三日被告に対し、原告の昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月二一日までの事業年度分の法人税につき、欠損金額一五、六一三、七九九円、法人税額〇円とする確定申告書を提出したところ、被告は、昭和四一年一〇月三一日付をもつて、所得金額を三、六九三、一五三円、法人税額を一、二五六、一八〇円とする更正処分および過少申告加算税六二、八〇〇円の賦課決定処分をした。

二  原告は右各処分を不服として同年一一月一九日被告に対し異議申立てをしたが、同年一二月二六日被告からこれを棄却する旨決定されたので、昭和四二年一月二三日東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同年一〇月三一日同国税局長からこれを棄却する旨の裁決をされ、同年一一月一日その裁決書謄本の送付を受けた。

三  ところで、右更正処分は原告が借地権の減少として処理した雑損失一九、三〇六、九五二円の損金算入を否認したことによるものである。

四  しかしながら、右損金算入の否認は左記理由により誤りであり、したがつて、右更正処分は違法であるし、また、これに対応して右過少申告加算税賦課決定処分も違法である。

すなわち、右雑損失一九、三〇六、九五二円は、原告が大野貫一から取得した借地権の一部を日本住宅公団(以下公団ともいう。)との共有としたことにより減少した借地権の価額である。

原告は昭和三六年三月一七日右大野から同人所有の川崎市小杉町三丁目一番の土地五〇三坪(一、六六二・八〇平方メートル)につき借地権の設定を受けたが、同年七月二六日右借地権のうち同町三丁目一番の八の土地四三一・九九坪(一、四二八・〇八平方メートル。以下本件土地というのはこれを指す。)に対する部分を公団との共同借地権とし、その持分を原告が一〇〇分の四四、公団が一〇〇分の五六と定めた。そして、その際原告は公団からその対価を収受しなかつたのであるから、実質的には原告がその有する借地権の一部を公団に無償で譲渡したものとみるべきであり、したがつて、公団が取得した持分相当の価額は原告の借地権の減少価額として右借地権価額から控除し、これを雑損失として処理すべきものである。

しかるに原告は、その処理をしないまま前記事業年度を迎え、該事業年度においてこれを発見して右減少価額一九、三〇六、九五二円を借地権価額から控除し、雑損失として所得金額の計算上損金に算入したのである。よつて右損金算入に誤りはない。

第三被告の主張

(請求原因に対する答弁)

原告主張の請求原因一ないし三の事実は認める。同四の事実のうち、原告主張の土地が大野の所有するものであること、原告が原告主張の会計処理をしたことは認めるが、その余の点は争う。

(抗弁―否認の理由)

一  原告は、昭和三六年七月二六日公団と共同して大野から本件土地の借地権を取得したものであり、それ以前に単独で本件土地の借地権を有していたものではない。

原告が本件土地の借地権を取得するに至つた経緯の概略はおよそ次のとおりである。

(一) 大野貫一は、本件土地を公団の企画している上層部をアパート、下層部を店舗等の施設とするいわゆるアパート付ビルの建設敷地に供し、同人を代表者とする法人組織をもつて右ビルの施設部分の分譲を受け、これを利用して不動産賃貸業を営むため原告会社を設立したが、本件土地に公団のビルを建設し、原告がその施設の分譲を受けるためには、原告および公団が本件土地につき共同して借地権を取得しなければならない建前になつていたので、昭和三六年七月二六日原告および公団が共同して土地所有者の大野から本件土地を公団の建設するアパート付ビル所有の目的で賃借し、原告および公団の共同借地権の持分につき、原告が分譲を受ける施設の総床面積と公団の所有するアパート部分の総床面積との割合をもつて前記のとおり定めたのである。

(二) なお、原告が右借地権の取得に要した費用は、川崎中央青果株式会社(以下中央青果ともいう。)に対する立退料一一、九五八、〇〇〇円、株式会社有楽座(以下有楽座ともいう。)に対する立退料四、五二三、四七九円および有楽座の株式買取代金名義で有楽座に支払つた追加立退料二二、一七五、〇〇〇円(以下追加立退料というのはこれを指す。)の合計三八、六五六、四七九円である。

二  かりに、原告が大野から単独で本件土地の借地権の設定を受けていたとしても、公団はアパート付ビルの建設敷地の提供を受けるにあたつて土地提供者に権利金を交付することはなく、土地提供者もこれを充分承知のうえで提供するのであるから、土地提供者と公団との間に経済的(実質的)価値の移転があるものではなく、したがつて、原告の右権利に実質的価値の減少をきたすものではない。

第四原告の主張

(抗弁に対する答弁および反論)

被告主張の抗弁一の(一)のうち、原告会社が設立されるに至つた経緯が被告主張のとおりであること、昭和三六年七月二六日に被告主張の三者間で被告主張の契約がなされたことは認めるが、その余の点は争う。右三者間の契約は原告が単独で有していた借地権を公団との共有に変更するという内容のものである。同一の(二)のうち、被告主張の各立退料および有楽座の株式買取代金として被告主張の金額を支払つたこと、被告主張の中央青果に対する立退料および有楽座に対する立退料四、五二三、四七九円が借地権の取得に要した費用であることは認めるが、その余の点は争う。有楽座の株式取得代金は原告が公団から分譲を受ける施設の地下を利用して映画興業をする目的で各株主から直接買取つたものであり、借地権取得価額を構成するものではない。そこで、原告は当初これを有価証券勘定に計上し、その後営業権勘定に振替えて計上していたところ、昭和四〇年五月二五日被告から右金額は借地権価額に計上すべきであるとの指示を受け、原告は右指示にしたがい借地権勘定に振替えたが、本来右金額は営業権の価額であり、被告の主張は誤りである。もしこれを被告主張のとおりとすると、原告は土地の時価と比べてさえ非常に高額をもつて借地権の設定を受けたことになり、その不当であることは明らかである。被告主張の抗弁二は争う。権利金の授受の有無、そのことの知不知で経済的(実質的)価値の有無が決まるものではない。

第六証拠関係

原告は甲第一ないし第五号証を提出し、証人大原朝三の証言および原告代表者本人尋問の結果を援用し、乙号各証(乙第一ないし第四号証は原本の存在とも)の成立はすべて認めると述べ、

被告は乙第一ないし第一一号証(乙第一ないし第四号証は写)を提出し、甲号各証の成立はすべて認めると述べた。

理由

原告主張の請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

そうすると、被告のした前掲課税処分の適否を決する争点は、被告が右雑損失一九、三〇六、九五二円の損金算入を否認したことが違法か否かの点に帰着するので、以下この点について判断する。

当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第四号証、乙第五、第六号証、証人大原朝三の証言および原告代表者本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。すなわち、大野貫一はその所有する本件土地を公団のアパート付ビル建設敷地に供し、同人が代表者となる法人組織をもつてビルの施設部分の分譲を受け、不動産賃貸業を営むため、昭和三六年三月一七日原告会社を設立したが(以上の事実は当事者間に争いがない。)、公団は施設分譲の基本方針として土地所有者または借地権者からビル建設敷地の提供を受ける代りに土地提供者に対し有利な長期割賦金(代金)をもつてビルの施設部分を分譲する建前をとつており、施設の分譲を受ける者は公団にビル建設敷地を提供した土地所有者または借地権者に限られていたので、原告に施設の分譲を受けさせるためには、少くとも原告が本件土地の借地権を取得し、公団にビル建設敷地として提供する形式を整える必要があつた。そこで、大野は原告会社の設立と同時にあらかじめ同人が本件土地の明渡を求めるために取決めた中央青果に対する立退料一一、九五八、〇〇〇円および有楽座に対する立退料四、五二三、四七九円を原告の負担とするとともに(右立退料を原告が負担したことは当事者間に争いがない。)、本件土地につき原告の借地権を設定した。ところで、借地権者が土地を提供する場合にはその借地権を公団との共有にすることが公団の方針であつたので、同年七月二六日原告の右借地権を公団との共有にするため原告、公団および土地所有者の大野の三者間に、原告と公団との間で特定分譲施設譲渡契約を締結したときに原告の右借地権を消滅させ、あらたに原告および公団が共同して本件土地を大野から賃借することとし、その持分を原告が一〇〇分の四四、公団が一〇〇分の五六とする旨の一種の更改契約がなされ(右三者間で原告および公団が共同して本件土地を大野から賃借することとし、その持分を右の割合とする旨の契約をしたことは当事者間に争いがない。)、そして、同月二九日原告と公団との間で特定分譲施設譲渡契約が締結されたので、同日以降原告および公団が本件土地につき右持分に応じた借地権を取得するに至つたものであること、以上の事実が認められ、右認定を満すに足りる証拠はない。

そうすると、右三者間の契約以前に原告が単独で本件土地の借地権を有していたものではないとの被告の主張は認めることができず、また、原告の右借地権が公団との共有となれば、原告および公団がそれぞれその持分に応じて本件土地を使用することになり、原告が単独で借地権を有していた場合と比べて、原告の土地の利用が制限されることは明らかであるから、原告の右借地権が公団との共有になつたことにより原告の権利の価値が減少するものではないとの被告の主張も認めることはできないといわなければならない。したがつて、原告の右借地権の価値は公団が取得した持分の割合だけ減少したものというべきであるから、原告が右借地権の帳簿価額から右価値減少相当額を控除すべきものとした点に不当はないというべきである。

しかし、そのことをもつて直ちに右控除価額を雑損失として処理しうるものといえないことは勿論であつて、この点は別に検討を要する問題である。

しかるところ、前掲甲第四号証、乙第五、第六号証および原告代表者本人尋問の結果によれば、公団はビル建設敷地の借地権を取得しても、これに対し権利金等の一時金はもとより、その権利金等の支払いに代えてこれを含めた相当額の賃料を支払うものではなく、原告も右借地権を公団との共有にしたことに対しこれらの金員を収受していないことが認められ、右事実よりすれば、一見原告はその対価をなんら収受していないかのようにみえないではない。

しかし、公団が権利金等を支払わずに土地の提供を受けられるのは、前示のとおり、公団が土地の提供者に通常では取得しえない長期割賦金(代金)をもつて施設を分譲するからにほかならないのであつて、いわば、土地提供者が土地を提供し、長期割賦金(代金)を支払うことと、公団が施設を分譲することとが対価関係にあるものとみるのが相当である。

そうとすれば、右控除価額は分譲を受けた施設の取得価額に計上すべきものといわなければならない。

ところで、成立に争いのない乙第一号証、同第四号証、証人大原朝三の証言および原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は割賦金総額(代金)七〇、八三六、〇八〇円をもつて施設を取得したものであることが認められるから、原告が右控除価額を右割賦金総額(代金)とともに施設の取得価額に計上し、その減価消却費を損金に算入するのは格別(もつとも、減価消却費を損金に算入するには、法人が減価消却費として損金経理をしたことが要件となつているから(昭和四二年法律第一四号による改正前の法人税法第三一条第一項参照。)、右事業年度にその損金経理をしていない以上これを認めることはできない。直ちにこれを雑損失として損金処理した原告の会計処理は誤りであり、公正妥当な措置ということはできない。

してみれば、被告が右雑損失一九、三〇六、九五二円の損金算入を否認したのは、結局、正当であるといわなければならない。

なお、原告が支出した有楽座の株式買取代金二二、一七五、〇〇〇円を借地権価額に計上すべきか営業権価額とすべきかにつき当事者間に争いがあるが、原告主張のとおりこれを営業権価額としても、その減価消却費を損金に算入するには、前示のとおり、原告において減価消却費として損金経理をしたことが要件となつているから、原告がこれをしていない以上認めることができないことになり、結局、本訴において右金額をいずれに計上すべきか判断する必要は認められないというべきである。

以上の次第であるから、被告のした前掲課税処分に違法はなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 小木曾競 裁判官 海保寛)

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